バルセロナでは、日本語のルーツが、日本語とスペイン語の交流会の話題になっています。
日本祖語
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日本祖語は、弥生時代に話されていた「弥生語」から発展し、のちに本土日本語の諸方言、八丈島の八丈語、そして奄美~沖縄などで話される沖縄諸語の共通の祖先となった言語です。つまり、日本列島全体で使われている日本語の「もと」になった言葉だと考えられています。
日本祖語には文字による記録が残っていませんが、比較言語学や歴史言語学の研究によって、その姿がかなり具体的に復元されています。研究者たちは、現代の日本語方言や沖縄語の語彙や文法や音韻などを比較し、共通する特徴や対応関係から古代の共通語を再構築しています。
時代的には、おおよそ古墳時代の初期(3〜6世紀ごろ)に日本祖語が存在したと考えられています。この時期の言語は、弥生語の語彙や文法を受け継ぎつつ、地域差が少しずつ生まれ始めた段階で、そこから上代日本語や沖縄語の基礎が分かれていきました。
沖縄諸語は、この日本祖語から3〜6世紀のあいだに分岐したと推定されています。これは、奈良時代の上代日本語に見られるいくつかの言語変化(音韻や文法の改新)が沖縄語には共有されていないことからわかります。一方で、稲作に関する語彙を日本語と共有しているため、その分岐は弥生時代(紀元前10世紀〜3世紀)以降であることも確実です。
分岐後の沖縄祖語は、しばらく九州地方にとどまっていたと考えられます。その後、9世紀以降に中古日本語からいくつかの漢語を借用していて、実際に人々が沖縄諸島へ移住したのは、10〜11世紀ごろの農耕文化の拡大期(グスク時代の始まり)と一致すると見られています。また、沖縄に定住したのち1609年に薩摩藩が琉球国 (1429年 - 1879年) へ侵攻するまでは、日本本土からの言語的、文化的影響は比較的限定的であり、そのため沖縄諸語には古い日本祖語の特徴がよく保存されています。
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縄文語とは何か(紀元前1万〜紀元前4世紀ごろ)
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縄文語とは、日本列島において稲作が伝来する以前、すなわち紀元前1万年ごろから紀元前4世紀ごろまでに話されていたと考えられる言語を指す仮説的な名称です。縄文時代は長期間にわたるため、地域によって言語差が大きく、いくつかの縄文語群が存在した可能性もあります。
地名、植物名、動物名などに縄文語由来とされる語が多く残っています。たとえば「山」「川」「海」「森」「稲」「粟」「鮭」「鯨」「栗」などの自然語彙は、外来語では説明しづらい古層語とされています。これらは音韻構造が単純で、日本語の基礎語彙として今日まで生き残っています。
系統については、確定的な証拠はありませんが、多くの研究者が 南方(オーストロネシア語族やオーストロアジア語族)との接点、または北方(アルタイ語族、シベリア系言語)との接点を指摘しています。一部ではアイヌ語や琉球語との共通要素も議論されていて、これらは縄文語の遠い分岐または継承形態である可能性があります。
さらに、一部の比較言語学者は、縄文語をより広いユーラシア系言語群、ボレア大語族の遠縁に位置づける仮説も提唱しています。これらの説では、縄文語の基層に、ユーラシア北部から東アジアへと拡散した古層言語の痕跡が含まれている可能性が指摘されます。ただし、音韻対応や文法体系の比較において決定的な証拠はまだ得られてはいません。現時点ではあくまで理論的な可能性にとどまっていますが、夢のある説ですね。
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ボレア大語族
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MUNDIÑOL の言語研究会で今話題の「ボレア大語族」は、仮説的に提唱されている超マクロ語族であり、インド・ヨーロッパ語族やウラル語族、アルタイ語族、さらにチュクチ・カムチャツカ語族やエスキモー・アレウト語族など、北半球に広がる多様な言語群を包括的に結びつける試みです。
現在の研究ではその存在が確証されているわけではありませんが、比較言語学や遺伝学的知見をもとに、数万年前の先史時代に共通の祖語が存在した可能性が議論されています。こうした仮説は論争的であると同時に、言語の起源をめぐる研究を刺激する重要な契機ともなっています。
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言語の研究者の集い
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日本語だけでなく、インド・ヨーロッパ祖語について話もできます!
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